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TwilightStageとライオン

ようやくシネ☆MAD3rd2本目見終わりました。TwilightStageについて少し書こうかと。ただ、厳し目の感想になるので続きは格納しておきます。っていうか感想と言うより考察だね。

「Twilight Stage」シネ☆MAD3rd参加作品のNovelsM@sterでPV枠:魔汁P、シナリオ枠:陽一P&哀川翔P、デザイン枠:ピジャP&kypoのチームで作られた。
シネ☆MAD3rd作品と言う事で通常のNovelsM@sterに比べれば破格の濃度をもった作品だった。だが、それでもなおあえて言うなら、少し足りなかったと思う。多分その足りなさはなまじ出来が良いからこそ見える物だとは思うのだが。

この作品は基本的にほぼ全てのシーンが手描きで構成されている。立ち絵、イベントグラフィック、オーデションの表示やルーレット等全てオリジナルで作成された物。本来ならこの時点で高得点をあげていい作品だ。
だが個人的には手描きでやってしまった事で「足りない」感が発生してしまったように見える。

手書きの問題に触れる前にもう一つ別の問題に触れておく。この作品はゲームとしてのアイドルマスターのオーディションを再現した作品だ。審査員の興味ゲージとか星とか現実には通用しないゲームとしての要素を話の中心に取り入れている。
これは今までに無い方法で革新的なNovelsM@sterに仕上がったと言える。だが反面、視聴者は雪歩やライバルの得点表示ばかりを見続けることになり画面展開としての退屈さが発生している。最低限、決勝だけはもう少し画面構成を変えるべきだったように思える。

で、画面構成の問題に関わってくるのがこの作品が「手描き」作品であるという事。後出しの意見で申し訳ないが僕がこの作品に関わっていたらあと数枚はイラストを追加していただろう。立ちグラのポーズをもう少し増やしたいし決勝で雪歩が復活したシーンもルーレットと同じ絵ではなく1回のボムごとに別の1枚絵を出すか派手なエフェクトでも入れるかしていただろう。あのシーンは何と言うか「圧倒的な情報の洪水」のような物が欲しかった。だが手描きとなるとそう易々と増やせる物ではない。その1枚1枚には大きな手間が掛かる。

そしてTwilight Stageの「足りない部分」を備えているのが「ライオン~伊織とやよいのサバイバル」だ。PVを元に加工したこの動画には圧倒的な物量を感じる。このビジュアルとしての勢いが曲の勢いに乗った瞬間と言うのが最も興奮するシーンなのだ。
どうしてTwilight Stageに無い物がライオンに有ったのかといえばそれはライオンが手書きだ無いからだろう。元映像に加工すればいいので手描きよりも圧倒的に量を用意しやすい。この関係は事業仕分けで槍玉に挙がったスパーコンピューターと3800万で開発された長崎大学のスーパーコンピューターの関係に似ている。
手描きの威力は高い。だが原作から引っ張ってきたグラフィックも使い方しだいで驚くほどの力を発揮する事を僕らは知っている。

イベントではなく通常のNovelsM@sterとして上がったなら絶賛されても良いぐらいのレベルにはある。だが「完璧なコラボレーション」という高みを目指すうえではこの、ほんの些細な点が大きな差になったような気がする。あらためてニコマスの難しさに唸らされた。山頂が見えない。自分はこんな高い山を登っていたのかと途中で気が付いたような感覚。

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