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同人誌はコミュニケーションツールなのかもしれない

去年から急速にコストが「コミュニケーション」や「体験」に投入される傾向にあると言われている。ニコニコ動画は勝手に発言したコメント同士が会話になってコミュニケーションしてるように見えたり一緒にTV見ているかのような体験ができるという分析があるし、SNSやモバゲーが流行ったりもした。NHKの番組で携帯小説の文庫がヒットしたのは「そういうイベントを書籍化したと考えれば納得する」と誰かが言っていた。

ふと、同人誌もこれらのツールと同じ場所に立ちはじめたのかもしれないなぁとか思った。まずコミケって体験だよね。今や多くのサークルが書店卸をしているので無理に会場で買う必要はないんだけど嬉々として行列に並ぶ人は絶えない。やっぱ会場で買うと充実感があるからね。それに全国の書店で「売れているらしい」コミックスよりも目の前で飛ぶように売れていく同人誌の方が何と言うかリアリティーが有る。遠くの親戚より近くの他人、目の前に少なくとも数百から数千の同志が居る。自分の好きな作家がこれだけ愛されている。妙な連帯感。

同人誌には後書き・前書き・フリートーク・対談など作者の言葉が多く詰まってる。二次創作なら作者と読者は同じ作品を愛する「同志」だから親近感が湧く。「このカップリングのこういう所が好きで描きました」みたいな解説が有ると「あー自分も思ってた!」となる。これって掲示板や文通に似てなくない?自分があの作品のあのキャラを好きだって気持ちを話せる相手が居なくて悶々としている所に同じ気持ちを持った同人が現れると「他人とは思えない」とか「お友達になってください!」とか思うよね、よね?実際同人作家はサイト持ってるからその気になればお友達になるのは普通に可能だしね。同人って一方的な擬似コミュニケーションになり得るんだ。
逆に商業だと作者と読者の間にはやはり遠慮の壁が有ると思うんだ。当事者だから好きで好きで描いてる「同志」とはちょっと違うしね。多少後書きとかあってもまだ作者とコミュニケーションしてる気分にはなれない。

鏡音リンが発売された年末、ニコニコはいっせいに鏡音リン×ロードローラーネタが投入された。事情を知らない人は「何故ロードーローラー?」と意味が分からない。「何の嫌がらせだ!」と騒いだ荒らしも居た。ロードローラーを理解するためにはクリプトン公式とは全く関係ない(つまり同人的な物である)総本山の動画を見に行かなければならない。さらに深く理解する為にはこれまた関係ないジョジョを読まなければいけない。ニコニコのランキング常連である「ひぐらし」「東方」「アイマス」なんかはもうすでに原作踏襲しつつもかなりかけ離れた進化をしていてそれを100%楽しむ為にはどうしても原作を知っておかないといけない。同人やMADの為に原作に当たるっていう逆転現象すら起こりうる状況になった。一番盛り上がっている所に加わりたいなら同人(的な物)は避けて通れないのかもしれない。

2007年の夏コミはそれまで入場者数が大体40万後半だったの対して55万人と10万人近く一気に増えた。何かもう色々と僕らは引き返せない所に来ているような気がする。二次創作同人誌を買わなければアニメDVDの売上が上がるはずという発想はたぶんギリギリ2007年前半までしか通用しない考えになってしまったのではないだろうか。出来のいいギャルゲとかエロゲやった時に作者に共感する前に主人公やキャラに共感する方が先じゃない?そんな感じ。

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