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公式と偽物と違法の境界線

ドラえもん最終話(偽)を描いた男が謝罪

■いやー「偽」って書かれてるんだけど何が偽で何が本物なんだろねって話。
原作者本人が作っていないと言う意味で偽と呼ぶならドラえもんのアニメも偽な訳だし。
金の問題だけで言えば田嶋安恵氏はすでにクリアしているし(結果的にだが)、これからお金をちゃんと払ってでも同人誌にしたいと言う人もいるかもしれないけど許可が下りることはまずないだろう。
じゃあ同一性保持権を侵害しているかどうかが分かれ目かと言うとそこも怪しい。内容に関しては多くの人が感動したと言っているし実際良く出来ていると思う。「作者の意に反して変更されている」とは言いにくいと僕は思う。実際のところは作者であるF先生が亡くなっているので問いようがない気がするんだけど小学館が「我こそはF先生の意思を受け継ぎ代弁する者である」というような態度に見えてしまうのが問題かなぁ。A先生的にはどうなんだろうか?あと著作人格権は実際の作者とはいえない出版社にも帰属するのかね?

■アニメのドラえもんはF先生の許可を得て作られた物だけど原作者の死後も永久に承認され続けるのだろうか?新ドラえもんについてF先生がもし見たとしても一切文句が無いと言い切れるのか?やらせ臭い声優オーディションドキュメンタリーを流したらしいがそれってどうなのよ。もし作画崩壊するようになったら?もしファンからの反感がもっと増大してきたら?ずっとシンエイ動画に作らせるのだろうか、それとも他のスタジオに任せるのか。いつかシンエイ動画が「公式」でなくなる時は来るのか?

■「公式」として作られたけど事実上「公式と呼べない」作品と言う物も存在する。
Hellsing Rescript 1 <通常盤>
平野耕太原作の漫画をアニメ化した「ヘルシング」。TVアニメとして作られたこのアニメ後々に作者本人から「あれは僕の作品ではないですね」とか「那智が勿体ねぇ、深夜は寝ろ」と言われたらしい。一旦許可を出したものの出来上がった物を見たら正直否定したくなる出来栄えだった。OVA版がわざわざ1話目から作り直しになっている事を考えるとTV版スタッフは胸を張って「公式」と言えるのか?「おふくろさん騒動」なんかも同じだよね。最初は許可していたのに後になって「あいつには使わせん!」事になったんだけど過去に「公式だった物」に対する態度をどうするのかってのは難しい。

■同人誌の世界の基準だけで言うなら1万3000部って数字はある意味大した数字じゃない。1冊の本の数字としては大きいが同じジャンルを続けている大手のサークルならその作品のパロディー同人誌をトータルで数万冊売ってると思うんだよね。あと月姫とかひぐらしの同人は何万冊売れようが原作者に怒られる事はない。非公式なのに絶対に違法にはならない不思議。よほど原作を貶めるような表現をしない限り内容に文句付けられる事も無い。同人業界のローカルルールって言う言い方も出来るけどそういう世界も有るんで参考にはして欲しい。著作権の話では「世界標準」を引き合いに出して正当性を唱える時が有るけど、もし同人界標準が世界標準なったら(なるわけないけどね)従うかって言ったら出版社は従わないだろうな。今回の件の不幸な所は同人誌を同人誌として認識できない人の手に渡ってしまった(或いは認識できない形で=webなどで奥付無しで公開とか)事なのかも。同人の事知ってる人なら件のドラえもん同人誌を読んでも絶対にオフィシャルだとは思わない。奥付見れば藤子不二雄ではない作者の名前が書いてあるんだから。本物と間違われるのが問題と言うなら世界中の人が同人誌と言う物の事をちゃんと知ったら・・・以下略

■どこで見たか忘れたけど「最終回と言う物はない」というような小学館側のコメントがあったと思うのだがこれはF先生の意思なのか?永久に終わる事無く子供に夢を与え続け欲しいとか言ってたんでしょうかF先生は。別にF先生の漫画で完結してる物も有るよね、たぶん。そうなるとドラえもんを絶対終わらせていけないというような主張はF先生の意思に適った物とは必ずしも言えない訳で。やっぱりそれは小学館がそう言い張っているだけとも取れる。意地悪な書き方をすれば「どうせ金のためでしょwww」って事になる。「ドラえもんで得た収益の一部は福祉事業に寄付しています」とかやれば納得するかも。

■結局今回の件はどこに境界線が有ったのか曖昧な気がする。全て駄目、タダならOK、許可取ればOKとか同人に対する解決策というか同人のガイドラインを一切公表していない。かといって全て潰すわけでもない。この曖昧さは優しさなのか都合のいいやり方なのか。個人的には表立たないように金だけ取るのが一番ビジネスとして賢いと思うんだけどなぁ。

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コメント

要は「目立ちすぎた」からでしょう。同人は、だからこそグレーゾーンなのです。確かアンパンマンをスーパーロボット大戦っぽくしたサークルがメーカーの申し出でコミケ前日に発売停止になりましたが累計1000万円以上の売り上げがあったそうですし、今回のドラ騒動もトータルで1万部以上売ったため、黙っていられないということじゃないでしょうか?10部、20部ではまず問題にならなかったはずですから。
 勘違いして欲しくないのは、もし出版社がディズニーのようにきっちり線引きされたら同人に許される余地などは恐らくありません。パロディーの線引きを明確にしない理由はそこにあります。メーカーや作家、出版社にとって目ざわりと感じないければOK、というのが本来の姿であり、それを「描く側が節度を持ち、感謝しながら使わせてもらう」のが日本の同人の優れた曖昧さです。(ワンフェスのような「当日版権許可」というシステムも考えられますが、コミケ参加サークル数を考えると現実的ではありませんし)
 ちなみに管理人様が勘違いしているようですが、「作者の意見=著作物の方針」じゃありませんよ。たとえば「ラブひな」の作者がどんなに同人を認めていたとしても、キャラクターに関する権利を持つのは講談社であります。大工さんが家を建てたからといってその家を改築したり、取り壊す権利を持っているのは家主である、と考えていただくのがわかりやすいですね(さいとうたかお氏のように自分が社長でプロダクション経営している場合は変わってきますが)。「亡くなった藤子F先生はこんなこと言わなかった」という主張は読者にも、出版社側にも都合のいい「妄想」です。

投稿: yym | 2007/06/08 16:26

 そういえば集英社って、同人訴えたことありましたっけ。

 例えばC翼やS☆矢の時代、今で言う当時の“腐女子”たちって、今と違って何のトラブルの前例もなく無法状態でして。平気で『高橋○一死ね―――!!!』と五寸釘打つ場面を江口寿史の漫画真似て描いて作者に唾棄してたりとか、『一輝が死んだ!なぜ殺すのか!』などと偏った判断で作者を罵倒したりとかあったのに。
 でも、現役読者層と言える子供のすぐ後ろから二番手でコミックスや関連商品の売り上げを底上げさせていたのは、紛れも無く彼女ら腐女子たちなのですよね。権利者側は黙殺しつつも、内心はホクホク・ウハウハなのかも知れません。それは、現在のワンピやテニプリにも言えることですよね。

 1999年のポケモン同人誌事件や今回のドラえもんのケースの場合、そこが欠けていた訳ですね。権利者・出版社・プロダクション側に何のメリットもない。ブランド・世間の認識をおびやかすばかりで、むしろこのまま漫然と放置することは、世間からの非難の対象にもなりかねない。やむを得ずどこかの辺りで一度引き締める必要があったのでしょう。

 それでも、私は作者の田嶋安恵さんやこちらの管理人さんの考えを強く支持したく感じます。ファンの手によるファン創作・ファンアートに偽者などありません。時には常軌を逸した偏りを見せるものの、作品への深い寵愛あってこその同人誌なのです。もしアレが通念的に違法とされるなら、桜塚やっくんによる名探偵コナンやハイジの紙芝居ギャグも自由に表現できなくなるはずですから。

 また、ポケモン同人誌事件の節の任天堂のように京都府警を懐柔させて逮捕させるよう仕向け、作者の抹殺を謀ったりしなかった点は、藤子プロと小学館のスタンスを評価すべきと考えています。売り上げ返済要求も全額ではなく、色々考慮して差し引かれてたみたいですし。

投稿: アマゾンのクククク族 | 2007/06/11 08:39

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